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"Korva"とはフィンランド語で「耳」という意味。なぜかスピーカーのことを考えてると幸せ。よい音とは何か、そして理想のスピーカーとは何かを日々考え追求しています。

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水戸八幡宮のアジサイ
先日(6月23日)、水戸市内にある 水戸八幡宮 に、
パートナーと アジサイ を見に行ってきました。

hachiman20170623


水戸八幡宮 には、初めて行きましたが、
色んなものが、こじんまりとまとまって、
なかなか良い感じの神社でした。


ご神木の大銀杏が立派です。

goshinboku20170623




アジサイ小道の入り口。

komichi20170623


明らかに、時期が早すぎたようですが・・・

ajisai20170623b


神秘的で美しい色ですね・・・

tonbo20170623


アジサイ小道にいた イトトンボ。
イトトンボ は、普通のトンボとは飛び方が違って、
蝶の様にひらひらとした優雅な飛び方をしますし、
見た目も繊細です。

Korva が子供の頃住んでた家の裏庭のすぐ先が川だったので、
夏になると、イトトンボ が裏庭をひらひらと飛んでいて、
子供心に、その儚げな様子が好きでした。

ajisai20170623


日当たりのよい場所のアジサイは、
満開に近い状態でした。


ついでに・・・

bara20170623


家の庭の片隅に咲いた バラ。
良い色ですが、
肥料が足りないのか、日当たりが悪いのか、
なかなか大きくなりません。
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お散歩 | 09:47:43 | トラックバック(0) | コメント(14)
コメント
こんにちは
なにごとのおはしますかは知らねども
かたじけなさに涙こぼるる
西行は官位を持っており、富裕だったのに、
23歳で出家し、最後は真言宗高野山に入った僧侶ですが、
伊勢神宮に入ったときに、神性を感じて、有難いと思った・・・。
神道には他の宗教もすべて受け入れる包容性があるようです。

水戸八幡宮には行ったことがないですが、
この写真を見ていると、そういう清澄な空気感がありますね。
このトンボも普通の街にはいない古代トンボのようです。
紫陽花の色がきれいですね。
薔薇のピンクも温かみがあります。

去年は千葉の香取神宮に行きました。
東京渋谷の明治神宮には時々行きます。
仏寺と違い、すがすがしい、引き締まった気分になります。
神宮とは、いわゆる天地創造の神を祀っているのではなく、
天皇家を祀っているものなんですが、面白いものです。
2017-07-02 日 13:52:05 | URL | ☆バーソ☆ [編集]
バーソさん、コメントありがとうございます^^

そう言えば、もう20年以上 前だったと思いますが、
聖書を読んでいて自然と涙がこぼれてきたことがありました。
神社では、まだそのようなことはありませんが、
神社の清澄な空気感は、私も好きです。
神道は偏狭さの少ないところが良いですね。
でも、なぜか、大き目の栄えている感じの神社に行くと、
頭が痛くなることが多いのが不思議です。
相性の良いところと悪いところがあるのでしょうか。

イトトンボは、わりと自然が多く残っているような場所にいるようです。
トンボといえば、オニヤンマなんかは、めったに見なくなりました。
一昨年辺りに、近所の公園を散歩しているときに、
随分 久しぶりに見ましたが、やはり大きくて迫力がありました。
本当の古代トンボの メガネウラ は、
翼開長70センチメートル前後ということで、
本当に見たら腰を抜かしそうですが・・・
2017-07-02 日 15:02:38 | URL | Korva [編集]
Korva さん、こんにちは^^
久しぶりの更新ですね!

こじんまりとした佇まいの神社は、いいですね。
鎌倉の鶴岡八幡宮と、随分違います。
大きな神社で、大勢の参拝者がある所は、
参拝していても、神さまがお出ましにならない感じが、
いつもしてしまいます。
お詣りする人の方でも、後ろの人を待たせてはいけないと思うから、
あまり心を込めて参拝していないことが多いし、
たぶん、それより何より、人の気の方がすごくて、
私などは早々に退散しようという気になってしまいます。
その点、小さな神社は、
境内でゆっくりと寛ぐこともできて、心地良いですね。

紫陽花、綺麗な色に撮れていますね。
バラは、どなたが植えられたのですか?
2017-07-02 日 23:27:28 | URL | Ariane [編集]
Ariane さん、コメントありがとうございます^^

確かに、参拝者の多いところだと、人の気が凄くて、
神気の様なものが、感じにくくなりそうですね。
参拝するときも、待っている後ろの人が気になって、
頭の中でゴニョゴニョ言って、
早々に済ませてしまいますね(笑)

水戸八幡宮は、こじんまりした境内に
赤布をかけた縁台と大きな日傘を置いた
休憩所のようなところがあって、
お年寄りが品良く談笑している様子が素敵な感じでした。

バラは、妻の祖父が、多分20年以上前に植えたものですが、
なかなか大きくならず、毎年、2輪か3輪咲かせて、
目を楽しませてくれています。
祖父の形見でもあり、妻も気に入っているので、
大きくしたいのですが、多分日当たりが悪いのだと思います。
2017-07-03 月 11:31:51 | URL | Korva [編集]
korvaさん、お帰りなさーい。お待ちしてましたー\(^o^)/

水戸八幡宮、初めて見ましたが、佇まいが靖国神社と似てますねー。
後日神木の大銀杏立派ですね。樹齢何年になるんでしょうか。
紫陽花もバラもキレイですね。
トンボも最近見なくなったので懐かしいです。
2017-07-04 火 13:41:08 | URL | ponch [編集]
ponch さん、コメントありがとうございます^^

ご神木の大銀杏は、樹齢800年ということです。
実際に見ると、画像で見るより、かなり大きく感じます。

水戸八幡宮は靖国神社と似ている感じですか。
靖国神社といえば、よく散歩に行く偕楽園公園内に、
護国神社があって、その周辺もよく散歩しています。

虫は気持ち悪いものも多いですが、
トンボは夏の空が似合う、
爽やかな感じの昆虫だと思います^^
2017-07-04 火 13:55:40 | URL | Korva [編集]
Korvaさん、ようやく書かせていただきます ^^;

今回の記事(もう“前回”になっちゃいましたが)に
神社のことを書いておられたので、
それ系(?)とのご縁のようなものが多いため
何を書こうかなあと・・・。

今日、久しぶりに出直し訪問をしています ❀(*´◡`*)❀

聖書のお手本になったのは
イエス・キリストが学んだ教材(?)は、
実は神道の教えだ、という話を聞きました。

Korvaさんの発する周波数で
いろいろ自由に調べてみられると面白いかもしれません。

何を書こうかと迷った割には
今日は(私にしては?)やたらに短いコメントになりました。

また遊びに来ますね!

PS: 水戸神宮にはまだ行ったことはないです。
  境内もご神木もアジサイたちもイトトンボもお庭のバラも
  とてもいい感じ。すご〜くキレイですね ✌︎
2017-07-10 月 11:57:46 | URL | HeartLiberty [編集]
HeartLiberty さん、コメントありがとうございます^^

そう言えば、
古代イスラエルの失われた10氏族と日本の関わりや、
ユダヤ教と神道の奇妙な共通点や、文字や言葉の共通点など、
ただの偶然なのかもしれませんが、興味深い話が多いですね。

偶然と言えば、昨日あることを考えながら、
パウロ・コエーリョの『アルケミスト』を開いたら、
まさに同じことが書いていて、少しぎょっとしました。

羊と羊飼いの関係について書かれた部分で、
羊が羊飼いを頼って、
自分の判断をやめて楽ができるのと引き換えに、
羊は羊飼いに、自分の命を含めて、
全てを差し出さなければならなくなるという話です。

聖書には、神と人間の関係が、
羊と羊飼いの関係に例えられている部分がよくありますが、
ちょっとしたホラーですね(笑)
2017-07-10 月 13:28:54 | URL | Korva [編集]
Korvaさん

「聖書には、神と人間の関係が、
羊と羊飼いの関係に例えられている...」


私たちが「この宇宙に厳然と存在する根源的な力」
といったものを、
上手く利用することができないようにするためには、

キリスト教は、神と私たち人間とを
天と地ほど精神性の異なるものだと
信じ込ませるためにも存在した・・・?
のではないかと思っています。

神様(宇宙の根元のエネルギー)というのは
もっともっとず〜っと身近で
とってもフレンドリーナ存在
・・・のような気がして仕方ありません。

また遊びに来ますね♪
2017-07-18 火 12:17:15 | URL | HeartLiberty [編集]
HeartLiberty さん、コメントありがとうございます^^

自分が望むものを与えてくれる存在は、
神様のように見えるものですから、
羊のような存在になりたい人にとっては、
羊飼いのような存在でありたいものは、
やはり、神様のように見えるだろうと思います。

聖書の神も、愛が大切だと言う割には、
人間を虫けらのように扱います。
ちょっと気に入らなければ、皆殺しの世界で、
ヒトラーなんかと特に変わらないかもしれませんね。
人間がやると、悪魔のような奴だと言われますが・・・

宇宙の根源的なエネルギーは、
全ての人に等しく働くものだと、私も思います。
しかし、人間は、自分をレベルの高い人間だと思いたいので、
高等な存在(羊飼い)に従う自分(羊)は、
羊でないものより高等だという風に、
思いたいのかもしれません。
2017-07-18 火 13:49:18 | URL | Korva [編集]
「羊飼いのような存在でありたいもの」
のことを「神様のように見えない」感性を
物心ついた子供が示すのをよく見かけますね。

そうした感性を喜ばしい気持ちで共感できる大人が
目立たないところにそっと、少しだけいるのだけれど、

簡単に出会えるかもしれないし
なかなか出会えないかもしれない・・・。


「羊飼いのような存在でありたいもの」
のことが、幼い頃から「神様のように見える」
ということもあるのかもしれない・・・。


「高等な存在(羊飼い)に従う自分(羊)は、
 羊でないものより高等だという風に、思いたい...」

"思いたい" というのは "とてもそうは思えない"
場合に起こる気持ちだと思います。

"思いたい" 気持ちの程度がどのくらいであったとしても、
それもやはり、自分の責任、ということのようです。
そんな風に感じてしまうことを
他の誰のせいにできない私たちなのだと思います。

なぜなら、私たちは自分の人生に完全に
責任を持つ ”ことのできる” 立場で
ここに存在できていると思うから・・・。


人は《みんな》、"神の意志の代理人" 、神の一族、
つまり、人は神・・・神道では人間を
そのように位置付けているそうです。
神棚の前に置く神鏡には
その前に立つ人の顔が写ることもそれで納得が行きます。

根源を同じくするファミリー(神の家族)は
いつも愛に満ちたエネルギーを
「みんなに対して平等に与えている。」

神に対してそんな近しい思いを持つことが出来れば
「他人と比べて」といった競争的な意識は
入り込みにくくなくなるのではないかと・・・。


《みんな平等に》というとき、
「人間は神」という考え方が不遜だとは
言えないような気がしてしまいます。
言葉って、とても難しいですけれども。
2017-07-26 水 00:56:16 | URL | HeartLiberty [編集]
以前Korvaさんは、
ご自身の中から減らしていきたいもの、
みたいなことを書いておられましたね。

そういったものが
「ちゃんと減らせた人」ではないからこそ
私もまたしてもここに来ているのだろうと
とても思っています。
2017-07-26 水 01:38:33 | URL | HeartLiberty [編集]
HeartLiberty さん、コメントありがとうございます^^

「人は《みんな》、"神の意志の代理人" 、神の一族、
 つまり、人は神・・・神道では人間を
 そのように位置付けているそうです。」

そうなんですね。
初めて聴きました。
勉強になります。
そして、ごく自然な考え方だとも感じます。
自分がどのような存在であるかという定義によって、
どのように考え、どの様に行動し、どのような人生を送るか、
ということが、全く違ってくるだろうと思います。

『根源を同じくするファミリー(神の家族)は
 いつも愛に満ちたエネルギーを
 「みんなに対して平等に与えている。」
 神に対してそんな近しい思いを持つことが出来れば
 「他人と比べて」といった競争的な意識は
 入り込みにくくなくなるのではないかと・・・。』

全く同感です。
人間が目指すものは、大体、「相対的に優れているもの」なので、
どうしても、他者と自分を比べてしまうのだと思います。
他者ではなく、昔の自分と比べて進歩していれば、
それで良いのだろうと思いますし、
それが生まれた意味だろうとも感じますが・・・

例えば、マイノリティー差別に反対するグループがあったとして、
その中に異質な人がいれば、その人は、
マイノリティー差別に反対する人々から普通に、
マイノリティー差別を受けることになります。
差別に反対する人が、最も強烈な差別主義者であることは、
(自分の中にある差別意識が自分に向けられることに我慢がならないので)
普通に見かける現象ですが、
理想主義的な価値観やスピリチュアリズムなんかにも、
同じ危険性があると、よく感じます。
人や世の中に、善くなれと求めるは簡単ですが、
自分がそうなるのは、非常に難しいので、
そういう価値観を持つと、どうしても偽善的な傾向が生じてしまいますね。
自分の価値観が、他者の価値観より優れているという考えが、
そもそもの勘違いで、せいぜい、自分の人生では、比較的 有用だ、
くらいがちょうど良いのかなとも思います。
2017-07-27 木 10:28:55 | URL | Korva [編集]
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2017-08-08 火 10:02:23 | | [編集]
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